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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)3663号 判決 1998年3月23日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

内海和男

岡本栄市

被告

関西フエルトファブリック株式会社

右代表者代表取締役

江口常夫

右訴訟代理人弁護士

川窪仁帥

主文

一  被告は、原告に対し、二七二万七七一一円を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、一四八万一九〇〇円及び平成七年四月二六日以降毎月二五日限り月額五〇万八〇三三円の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、二二〇万円及びこれに対する平成八年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告に対し、別紙一<略>記載のとおりの謝罪文を被告の社報に掲載し、別紙二<略>記載の場所に、相当の期間・相当の方法により掲示せよ。

5  訴訟費用は、被告の負担とする。

6  2、3につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和四三年三月四日、営業社員として被告に雇用され(以下「本件雇用契約」という。)、以後、被告に勤務してきた。とりわけ、平成二年六月から平成三年七月当初までの間は広島営業所次長、同月八日から平成五年九月二〇日までの間は同所長代理、平成五年九月二一日から平成六年九月末日までの間は同所長、同年一〇月一日から平成七年六月二一日の後記の懲戒解雇によりその地位を喪失するまでの間は愛知県江南営業所課長に、それぞれ任命されるなど、原告は、管理職としての職務に従事してきた。

(二) 被告は、フェルトの販売並びに製造及び加工を主たる事業内容とする株式会社で、本社機能を大阪に置きつつ、全国に一〇事業所と東南アジアに四事業所(現地法人)を設けて営業活動を展開している。

2  被告による原告の地位の否認

被告は、平成七年六月二一日に原告を懲戒解雇した旨主張し、原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを争っている。

3  賃金

2の懲戒解雇当時の原告の賃金は、月額五〇万八〇三三円(懲戒解雇前三か月間の平均額。小数点以下切り捨て。以下同じ。)であったが、被告は、平成七年四月二六日以降、右賃金を支払わない。

なお、被告では、前月の二六日から当月の二五日までの期間を一か月分の賃金算定期間としており、これにより計算された賃金が当月の二五日に支払われた。

4  一時金

被告の就業規則及び労働慣行によれば、毎年七月一〇日に夏季一時金が、一二月一〇日に年末一時金が、それぞれ支給されるが、原告が解雇以後も引き続き勤務した場合、原告の平成七年度の夏季一時金及び年末一時金として一四八万一九〇〇円(夏季一時金として、基本給の二か月分八四万六八〇〇円、年末一時金として基本給の一・五か月分六三万五一〇〇円)が支払われることになっていた。

5  名誉毀損

(一)(1) 被告は、原告が業務上横領の犯人と決めつけて解雇した。

(2) 被告は、公共職業安定所への離職届に「金品横領などによる懲戒解雇」と記載して右事実を公にするとともに、原告の再就職の途を閉ざした。

(3) 被告は、原告に対する処分が被告就業規則六三条三号及び七号による懲戒解雇である旨社報に記載し、これを多数の従業員の目に触れさせ、あたかも原告が刑法犯に該当する行為を行ったかのような事実を被告内に流布せしめた。

(二)(1) 原告が(一)により被った精神的苦痛に対する慰藉料は、二〇〇万円を下らない。

(2) 原告は、本訴のうち、右慰藉料請求に係る部分の追行を余儀なくされ、弁護士費用として、原告訴訟代理人に二〇万円を支払う旨約した。

6  よって、原告は、被告に対し、本件雇用契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、平成七年度の夏季一時金及び年末一時金として合計一四八万一九〇〇円、未払及び将来の賃金として平成七年四月二六日以降毎月二五日限り月額五〇万八〇三三円の金員、不法行為による損害賠償として二二〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成八年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払並びに毀損された原告の名誉を回復するため請求の趣旨4記載のとおり謝罪文の掲載をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は、認める。

2  同4のうち、被告就業規則及び労働慣行により、毎年七月一〇日に夏季一時金が、一二月一〇日に年末一時金が、それぞれ支給されること、原告が解雇以後も引き続き勤務した場合、原告の平成七年の夏季一時金として、基本給(本人給及び職能給)の二か月分が、同年の年末一時金として、基本給の一・五か月分がそれぞれ支払われることになっていたことは認めるが、その余は争う。

なお、被告においては、すべての従業員につき、平成七年一一月分以降の給料から、一律五パーセントがカットされている。

3(一)(1) 同5(一)(1)は、否認する。

(2) 同5(一)(2)のうち、被告が公共職業安定所への離職届に「金品横領などによる懲戒解雇」と記載したことは認め、その余は否認ないし知らない。

(3) 同5(一)(3)のうち、被告が原告に対する処分として被告就業規則六三条三号及び七号により懲戒解雇をした旨社報に記載したことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同5(二)は、いずれも知らない。

4  同6は、争う。

三  抗弁

1  懲戒解雇

(一) 被告は、平成七年六月二一日、原告に対し、懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

(二) 懲戒事由

(1) 原告は、平成三年七月から平成六年九月まで被告広島営業所の所長代理ないし所長であったが、同時期において同営業所の経理担当社員であった訴外A(以下「A」という。)が反復継続して多数回にわたり、被告の金銭を着服横領している事実を少なくとも未必的に知りながら、右Aとともに着服金で飲食等をし、また、被告の不良債権の入金を偽装するなどした。

右は、被告就業規則六三条三号の「会社内における窃盗、横領、傷害などの刑法犯に該当する行為があったとき」又は同条一〇号の「その他前各号に準ずる重大な行為があったとき」に該当する。

(2) 原告は、(1)記載のころ、唯一の経理担当者たる前記Aが常識上考えられないような多額の金銭を多数回にわたり、社員の飲食代金等のために支払うなど不自然極まりない支出をしていたのに、監督者たる所長代理、所長としての職務を怠り、これに注意を払うことなく漫然放置した重大な過失により、右Aの業務上横領行為を未然に防止し得なかったばかりか、右Aとともに漫然飲食を繰り返すなどしてその発覚を遅延させて被告の損害を拡大させ、平成四年八月から平成六年九月までの間の銀行預金残高と振替伝票との差額だけでも累計約三八〇〇万円、実際にはこれをさらに上回る多額の損害を被らせた。

原告の右行為は、被告就業規則六三条七号の「故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当する。

(三) 解雇予告手当の支払

被告は、原告に対し、平成七年六月二九日、解雇予告手当として五一万三七二〇円を支払った。

2  平成七年五月分の賃金の支払

被告は、原告に対し、平成七年六月二九日、平成七年五月分の賃金として三三万三四四〇円を支払った。

3  原告が横領行為に加担したと信ずるに足りる相当の理由

(一) 仮に、請求原因5が認められたとしても、以下の事実等に照らせば、Aの横領行為に原告が加担したと被告が信じたことには相当な理由がある。

(1) Aは、被告広島営業所において発生した経理上の不正に関し、平成七年五月一八日、帳簿上の数字と実際のそれとの間にそごがある点につき被告から事情聴取を受けた。その席上、Aは、約一〇年にわたり、帳簿操作、先日付小切手を利用した工作、小切手の偽造等の手段により、被告の金員約九五〇〇万円を横領していたことを認めた。その際、Aは、右横領に係る金員の一部を、原告から依頼されて被告の取引先の未払金や原告の前借金の弁済に充てた旨述べた。Aは、右同日、被告の求めに応じて右と同趣旨が記載された書面に署名した上、被告に提出した。Aは、翌一九日も右同様に事情聴取を受け、その際、原告がAの横領行為を承知していた旨を記載した書面に署名し、被告に提出した。

(2) 原告は、平成七年五月二二日、Aの横領行為に関し、被告から事情聴取を受けたが、その際、原告自身も不正流用ないし目的外使用を認める旨の書面及びこれを弁償する旨の書面を作成の上、被告に提出した。

(3) Aは、当初、原告が関与した横領金の費消額を約九〇〇万円と述べていたが、原告は、(2)の際、Aの横領行為への関与自体については否認したものの、自己の関与した額として三〇〇万円程度はある旨述べた。

(4) 原告に対する事情聴取((2)及び平成七年六月二一日)の席上、原告は、終始不自然極まりない弁解を繰り返した。とりわけ、被告の理事であるN1(以下「N1」という。)らが原告に対し、Aが一介の従業員では到底立て替えられないような高額の金員を原告自身をはじめ同僚との飲食費等に供しているにもかかわらず、原告が営業所長代理ないし営業所長の立場にありながら、これを漫然放置して精算もしないなど不自然な態度をとっている点を指摘し、追及した際も、原告は、その間の事情につき納得し得る弁解をすることができなかった。

(二) したがって、被告は、名誉毀損の責任を免れるというべきである。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)は、認める。

(二)  同1(二)は、いずれも否認する。

(三)  同1(三)は、否認する。

なお、被告は、解雇予告手当を支払うことなく原告を即時解雇したものであるから、本件解雇は、労働基準法二〇条一項本文に違反し、無効である。

2  同2は、否認する。

3  同3は、いずれも否認ないし争う。

五  再抗弁(懲戒権の濫用等)

1  懲戒権の濫用

(一) 原告の前任であるN2所長が原告に対し事務の引継ぎをした際、N2所長は、原告に対し、経理関係については、前記Aに任せて営業に専念してくれればよい旨の助言をした。かように、被告広島営業所では、歴代の所長は経理担当者を信頼して営業に専念するとの方針であったのであり、右方針は不合理とはいえない。被告において通常行われているこのような処理方針に従って行動した原告に重大な落ち度はなく、本件解雇は、歴代の所長が減俸処分程度しか受けていないことと比べて著しく均衡を失している。

(二) 被告は、それまで杜撰な経営処理をしていたのを今回の事件を契機に改善しており、本件において、原告の行動につき何らかの懲戒処分が必要であるとしても、より緩やかな手段で目的を達成できるというべきであるので、敢えて原告に対し、懲戒解雇をもって臨むのは相当でない。

(三) したがって、本件解雇は、著しく相当性を失するものであるので、無効である。

2  適正手続違反による解雇無効

(一) 1(一)のとおり、広島営業所における前記処理方針は、慣行的に確立されており、右慣行に従い行動した原告を懲戒処分に処するためには、事前に十分な警告をする必要があるにもかかわらず、本件では、原告に対する警告なしに突然本件解雇がされた。

(二) また、懲戒処分の手続、とりわけ懲戒解雇については、その重大な効果にかんがみ、特段の規定がなくともあらかじめその内容を告知し、十分な弁明の機会を与えることが最低限必要であるところ、本件ではそのような手続が尽くされていない。

(三) したがって、本件解雇は、適正手続を欠くというべきであるから、無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は、いずれも否認ないし争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1(一)、(二)につき判断する(なお、同1(三)については、抗弁2とともに後述する。)。

1  抗弁1(一)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、同1(二)につき検討するに、当事者間に争いのない事実並びに証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  Aは、昭和五一年三月ころ、被告に入社し、被告広島営業所において経理及び一般事務に従事していた。広島営業所の経理事務に関しては、訴外Hが一時期これに従事していたものの、昭和六〇年ころ以降は、専らAが担当した。

(二)  広島営業所の営業所長は、売掛金の入金に関しては、預金残高が二〇〇万円ないし三〇〇万円になれば、経理担当者が作成した振替伝票及び引出書をチェックして銀行預金通帳を確認した上銀行印を押捺し、また、現金が入金されたときは、振替伝票で銀行への入金を確認すること、現金引出に関しては、経理担当者が作成した振替伝票及び引出書をチェックして通帳を確認した上銀行印を押捺し、銀行預金通帳を確認した上銀行印を押捺すること、経費支払に関しては、領収書に印鑑を押捺し使用内容を確認すること、振替伝票に関しては、すべての振替伝票をチェックして押印し、現金銀行残高日計表と振替日計表を照合確認すること、また、月に一、二回程度現金や銀行預金の残高をチェックすることなどが義務づけられていた。

(三)  広島営業所の初代所長であったF以外の歴代の所長は、(二)の事項を厳しくチェックすることがなかった。また、広島営業所では、銀行印や銀行預金通帳も手提げ金庫に入れて同営業所内に保管していたが、経理担当者であるAは、これを自由に出し入れすることができた。

(四)  Aは、昭和六〇年ころから、被告の金員を横領するようになり、右横領行為は、これが発覚する平成七年五月ころまで続いた。

その方法は、<1>売上の対価として受領した小切手を売掛金として被告に入金処理しないで銀行に入金し、<2>得意先からの銀行振込は売掛金を落とさないで入金処理をし、<1>、<2>のいずれの場合も得意先に請求書を出す時期に売掛金分を入金入力してあたかも入金したように見せかけ、請求書を作成して得意先に発送した後、売掛金をマイナス処理して売掛金が残った状態にして横領し、<3>得意先から受領した小切手を先日付小切手として被告に入金処理した上、銀行に入金することにより被告にまだ小切手が存在するかのように見せかけて横領し、<4>銀行から現金の引出しをするに当たり、振替伝票を改変して差額を着服横領した、などというものである。

Aは、<1>及び<2>の方法により、約五五〇〇万円、<3>の方法により約二三〇〇万円、<4>の方法により約一二〇〇万円を横領した(なお、その他にも現金約八〇万円の横領がある。)。この点、原告が広島営業所に在籍していた間の平成四年八月五日から平成六年九月末日までの間の銀行預金残高と振替伝票との差額だけでも累計約三〇〇〇万円に上っている。

なお、銀行預金残高日計表には、各銀行ごとに当日の銀行残高及び現金残高が記載されているから、営業所長が同日における預金通帳の残高及び金庫内の現金と照合すれば、Aの横領を発見することは極めて容易であった。

(五)  原告は、平成二年六月広島営業所次長を経て、平成三年七月同所長代理に、平成五年九月二一日付けで同所長にそれぞれなり、平成六年一〇月江南営業所へ異動するまで右所長代理ないし所長の地位にあったが、その間、経理に関しては終始Aに一任していた。その結果、広島営業所においては、営業担当者が自分で回収してきた売掛金に関して振替伝票を作成した場合には、Aに対し右振替伝票を交付する取扱いとなっており、原告はAから振替伝票を渡された際も、その数字、内容をほとんど確認することなく押印していた。原告は、Aから、旅費精算、振替日計表の伝票、売掛明細表、現金銀行残高日計表等に押印を求められた場合にも、右同様にその内容につきほとんど確認することなく、決裁印を押捺していた。

(六)(1)  Aは、横領した金員を借金返済や車、オートバイ等の各ローン返済に充てたり、飲食費、旅行等の遊興費、衣服、パチンコ、競馬等の用途に供していた。なお、Aの一か月の給料は、せいぜい二〇万円程度であり、原告は、そのことを熟知していた。

(2)  原告は、Aと平成四年一一月ころから月一、二回程度、平成五年一月ころから平成六年三月ころまでは月三、四回、同年四月から原告が江南営業所へ異動した平成六年一〇月までの間は月七、八回程度(他の同僚と同道した場合を含む。)「味処藤」において飲食し、Aが先に同店を出た場合には、一万円ないし二万円程度を原告に対し飲食代金として交付していたが、原告から右受取りを拒否されたこともなければ、後日、原告がその精算を求めたこともほとんどなかった。

(3)  広島営業所においては、平成五年ころから仕事終了後にビールを飲む機会が多くなり、右費用に充てるため、当初貯金箱に飲食する者が金を投入していたが、その後はAが月平均三回程度酒屋に注文し、その代金を支払っていた。とりわけ、カンネット(コンピューター)が導入された平成六年四月前後には、仕事終了後の飲酒の機会が増え、月に四ケースを費消し、約二万円を支払っていた。

また、広島営業所では、従前より従業員が残業する際に夜食として中華料理の注文をしていたが、カンネット(コンピューター)が導入された平成六年四月ころからは、週に二、三回程度注文するようになり、被告の経費で支払うことが月一、二回程度あったが、その他はAが支払っていた。その支払金額は、一回につき三〇〇〇円ないし四〇〇〇円程度であった。Aは、原告から右支払を拒まれたことはなく、また、後日、原告がその精算を求めたこともほとんどなかった。

(4)  Aは、歓送迎会や打上会の費用のうち、足らない分を常に払っており、とりわけ、その二次会の費用については参加者からほとんどといってよいほど精算を受けずに支払っていた。また、原告が積極的にその精算を求めたことはなかった。

(5)  Aは、平成六年一〇月か一一月ころ、原告から被告の取引先である訴外ダイイチセンイの未払金(一五万円)を入金処理するよう指示された。Aは、右の指示どおり入金処理をしたが、その数日後に原告からその金員の返済を受けた。なお、原告は、当初の指示の段階では、最終的に原告において負担するので送金までの間Aにおいて一時立替えてほしい旨を述べてはいなかった。

(6)  Aは、平成七年三月ころ、本社から被告の取引先である訴外イワネ装飾の未払金(二五万円余)を入金処理するよう指示された。Aは、右の指示どおり入金処理した。原告は、右指示の際、最終的に原告において負担するので送金までの間Aにおいて一時立替えてほしい旨を述べてはいなかった。

(7)  原告は、平成六年一〇月に江南営業所に異動した後も、既に弁済期が到来している前借金一〇万円を被告に対して返済していなかった。Aは、右前借金につき、あたかも原告自身から入金があったかのように帳簿を操作して入金処理をした。

(七)  前記N1は、平成七年五月一七日、被告本社のB課長(以下「B」という。)から広島営業所の経理に不審な点があるとの相談を受け、同営業所関連の銀行預金通帳及び先日付小切手を調査したり、銀行に対し照会するなどしたところ、帳簿上の額と実際のそれとの間にそごがあったことから、調査のためBとともに同営業所に赴き、同月一八日、T(以下「T」という。)営業所長も加わって、Aに対し、事情聴取をした。Aは、前記横領の事実をおおむね認めた上、同趣旨の内容を記載した書面を作成して被告に提出した。翌一九日には、被告代表者E(以下「被告代表者E」という。)も加わって、Aに対し、引き続き事情聴取を行い、その後も、Aは、経理上の不正な使い込みに対する原告の関与等を記載した書面を被告に提出したが、右事情聴取の結果、原告が広島営業所に転勤し、とりわけ、所長代理及び所長になった以後のAの横領金額が増額していることが明らかとなったことから、原告に対する事情聴取も実施することになった。なお、Aは、右一八日の夜、原告に架電し、被告から横領の件で事情聴取された旨述べた上、前記イワネ装飾の未払金及び原告の一〇万円の前借金につき入金処理したことを右事情聴取の席上で話した旨述べた。原告は、Aに対し、同月一九日に右イワネ装飾の未払金(二五万円余)及び原告の前借金(一〇万円)についての入金処理に充てるべく、一五万円を急きょ送金した。また、原告は、同月二二日には、Aに対し、残金二〇万円を送金するので入金処理を依頼する旨架電したが、Aは、右依頼を断った。

(八)  原告に対する事情聴取は、平成七年五月二二日、本社において被告代表者E、Y専務、Bの立会いの下で行われた。原告は、その席上、Aの横領行為については関与していない旨述べたが、結局、自己が費消した金員として約二〇〇万円ないし三〇〇万円はある旨述べてAの横領行為に対する自己の責任を認めるとともに、会社の金員を不正に流用したこと、被害金額を弁償するつもりがあること、被告に対し寛大な処分を期待することなどを記載した書面を作成して被告に提出した。

(九)  被告は、原告に対し、右同日、翌二三日以降の自宅待機を命じた。

(一〇)  原告は、平成七年六月二一日、被告代理人弁護士川窪仁帥及び被告代表者Eから再度の事情聴取を受けた。右事情聴取の結果、被告は、原告に対し、懲戒解雇する旨の意思表示をした。

以上の事実によれば、原告がAの横領行為に積極的に加担ないし関与した(抗弁1(二)(1))とまでは断定できないものの(なお、前記のダイイチセンイ及びイワネ装飾の未払金並びに前借金の返済に関する原告の行為は、横領に関わる行為というよりは、不良債権の発覚を恐れてした行為であると認められる。)、Aが経理手続を一手に握っている以上、原告が健全な常識を働かせればAの行為に不審の念を抱き、同人が被告の金員を横領していることを容易に知り得る状況にあったということができる。そして、原告が広島営業所の営業所長(ないし所長代理)として経理関係書類をチェックしていれば容易にAの横領行為を発見できたのであり、とりわけ日計表と現金預金残高を確認照合するなどしさえすればAの横領行為をたやすく発見し得たにもかかわらず、原告が経理内容のチェックを著しく怠ったため、Aの横領行為の発見が遅れ、その結果、被告の被害額を著しく増大させたということができる。

よって、原告の右所為は、被告就業規則六三条七号に規定する「重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当するものということができるので、本件解雇は有効である。

したがって、抗弁1(二)(2)は理由がある。

この点、原告は、前記(二)の認定事実に関し、そのような経理に関する詳細な取決めは、Aによる横領行為が問題になっている時期には、広島営業所を含め被告内部でいまだ確立されておらず、すべて各営業所長の裁量に任されていたとし、当時の広島営業所の常態として、経理担当のベテランであるAにすべてを一任することが慣行化しており、また、Aの行状につき特に横領を疑うべき不自然な事情が窺えなかった以上、原告がAの経理内容につき厳格にチェックしていなくとも重大な過失にはあたらない旨主張する。

しかしながら、原告は、広島営業所の所長(ないし所長代理)であり、その重要な管理職としての立場にかんがみれば、原告が同営業所の「適正な経理業務」を行うことをその職責とすることは特段の根拠規定(<証拠略>)を待つまでもなく明らかであるので、原告が広島営業所長(ないし所長代理)であった時期に前記取決めが具体的に文書化されていなかったからといって前記認定が左右されるものではない。

また、本件全証拠によるも、右当時、広島営業所においてAに経理関係のすべてを一任することが慣行化していたとの事実を認めるに足りない(むしろ、証拠<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、現に前記F所長のころには、前記(二)の取決めとほぼ同内容の厳格なチェック体制が採られていたことが認められる。)。加えて、前記認定事実並びに証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告が広島営業所(とりわけ、所長代理及び所長)在任中にAの横領額が目立って増加したこと、Aと原告が飲食をともにするなどして、他の歴代所長に比し、長時間密接に行動をともにしていたにもかかわらず、かえって原告によるチェックが全くされなかったことから、Aの横領行為を助長したふしがあることなどを総合考慮すれば、本件における原告の義務違反行為は重大な過失に該当するものと優に認定することができる(なお、前記認定事実によれば、原告は、月二〇万円程度の給与しかもらっていないAに対し、歓送迎会の二次会費用をはじめ、「味処藤」での飲食費や取引先の未払金等さまざまな場面で数万円から数十万円もの多額の金額の立替払いをさせたこと、にもかかわらず、その精算を全く申し出ることなく放置し、又はAが立て替えることにつきほとんど何らの疑問を呈することがなかったとの事実が認められるが、右事実によれば、Aの行状につき不自然な点がなかったとの原告の前記主張は到底採用できない。)。

したがって、原告の右主張は失当である。

三  次に再抗弁について判断する。

1  懲戒権の濫用について

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告広島営業所の歴代の営業所長は概ね営業活動に専念していたため、経理につき自分自身でチェックすることはほとんどなく、結果としてAに一任する状態になっていたこと、右歴代の所長のうち、例えば、Aの横領の時期に最も営業所長在任期間の長いN2所長については、被告から何らの処分を受けていないこと、また、同じくT所長については平成七年七月に減給処分がされたものの原告に対する懲戒解雇に比して格差があることが認められるが、他方、広島営業所において、歴代の営業所長が経理関係につきAにすべてを一任することが慣行化していたとまではいえず(前記のとおり、F所長のころには、厳格なチェック体制は採られていた。)、また、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、歴代所長のうち、N2所長については、Aの横領が発覚した当時既に退職しており、被告において懲戒処分がもともと不可能であった上、所持していた被告株式を時価の三分の一で譲渡させられるなど退職後も一定の不利益を甘受していること、T所長についても、結局、平成七年九月に引責退職したものであることが認められる上、前記二で認定した事実によれば、原告が広島営業所(とりわけ所長代理及び所長)在任中にAの横領額が目立って増加していること、Aが原告と飲食をともにするなどし、T所長をはじめ歴代の営業所長に比して原告と長時間密接に行動をともにしていたにもかかわらず、かえって原告による経理上のチェックが全くされなかったことからAの横領行為を助長したふしがあることなどが認められるで(ママ)あって、これらによれば、原告の義務違反の程度は決して軽視できないものを含むばかりか、原告が月二〇万円程度の給与しかもらっていないAに対し、歓送迎会の二次会費用をはじめ、「味処藤」での飲食費や取引先の未払金等さまざまな場面で数万円から数十万円もの金額の立替払いをさせておきながら、その精算を全く申し出ることなく漫然これを放置し、又はAが右のごとき大金を立て替えることにつきほとんど何らの疑問を呈することがなかったことなど前記認定事実をも加味すれば、原告の義務違反の内容は重大な過失とはいえほとんど故意に近い程度のものといって差し支えないものであり、その点からも特に本件解雇が懲戒処分として重きに失するものとはいえず、したがって、本件解雇が懲戒権の濫用として無効であるとの原告の主張は理由がない。

2  適正手続違反による解雇無効について

前記認定事実並びに証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告が本件解雇に当たり、平成七年五月二二日及び同年六月二一日の合計二回にわたって、原告に対し、事前の事情聴取の機会を設けたこと、その際、原告はN1らからAの横領への関与の有無につき詰問調で質問を受けたものの、Aの横領を知りつつ関与したものではない旨答えて、終始Aの横領への関与を否認していたことが認められるところ、右N1らによる事情聴取がある程度詰問調であったとしても、横領という不祥事の真相解明のためには事の性質上ある程度まではやむを得ないと考えられるのであって、原告自身Aの横領への関与の事実を否認し続けていたことなどに照らしても、特に強制にわたっていたとは認められず、手続的に適正を欠くものではなかったと認められる。

したがって、この点についての原告の主張も理由がない。

3  以上によれば、本件解雇は有効(ただし、本件解雇の効力発生時期については、後記のとおり平成七年七月二一日である。)であるので、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にはないということができる。

四  次に、原告の賃金及び一時金の各請求(請求原因3、同4、抗弁1(三)及び同2)について判断する。

1(一)  請求原因3は、当事者間に争いがない。

(二)  当事者間に争いのない事実並びに証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、平成七年六月二九日、被告本社会議室において、K総務部長同席の下、I財務部長(以下「I」という。)から、平成七年五月分の給与及び解雇予告手当を支払うと言われ、現金入りの封筒を差し出された。

(2) 右の際、原告は、Iから差し出された現金入りの封筒を一旦受け取ったが、Iから被告において予め用意していた「受領書」と題する書面(原告が五月分給料三三万三四四〇円及び予告手当五一万三七二〇円を受領した旨が不動文字で明記されている。)に捺印を求められてこれに捺印したところ、右封筒の中身を確認する暇もないまま、Iからこれを損害賠償金の一部として支払ってもらいたいとの説明を受けた。原告は、平成七年六月二二日、被告代表者から、懲戒解雇する代わりに被害弁償はしなくてよい旨を告げられたとの認識であったことから、これに反対しようとしたが、結局、やむなくこれに応じることとし、右封筒をIに渡したところ、Iは、原告に対し、被告において予め用意していた「領収書」と題する書面(被告が八四万七一六〇円を弁済金として受領した旨が不動文字で明記されている。)を交付した。

右認定事実によれば、原告は、右返還に当たり、交付された現金入りの封筒の中身を十分確認する暇もなく、また、これを真に損害金として支払うべきか否かにつき熟慮する余裕もないまま、被告の一方的な申し出に応じてやむなくIに返したことが認められるのであり、右事実によれば、いまだ、右現金が原告の支配下に置かれたものとは到底いえず(その実質は、被告が原告に対して有する損害賠償債権を自働債権とし、原告が被告に対して有する賃金債権等を受働債権として相殺したに等しいものであるから、労働基準法二四条の趣旨に反するものである。)、したがって、被告から原告に対し、解雇予告手当及び平成七年五月分の賃金の各支払がなされたものということができないので、結局、抗弁1(三)及び同2は理由がない。

もっとも、右抗弁1(三)につき、解雇予告手当の支払なき解雇は即時解雇としては効力を有しないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でないときは、解雇から三〇日の経過又は三〇日分の給与相当額が支払われたときに解雇としての効力が発生すると解されるところ、本件において被告は必ずしも即時解雇に固執する趣旨ではないと認められるので、本件解雇から三〇日が経過した平成七年七月二一日に懲戒解雇としての効力が発生するものと解される(この点、原告が主張するように、本件解雇自体が予告手当不払いの故に当然に無効であるということはできない。)。したがって、その限度で抗弁1は理由がある。

(三)  以上によれば、原告は、被告に対し、平成七年五月分、六月分の賃金(各五〇万八〇三三円)及び同年七月分の賃金の一部(同年六月二六日から七月二一日までの分を日割計算し、四四万〇二九五円)を請求する権利を有する。

2(一)  当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被告就業規則及び労働慣行に基づき、毎年七月一〇日に夏季一時金が、一二月一〇日に年末一時金が、それぞれ支給されていたこと、仮に原告が本件解雇以後も引き続き勤務した場合、原告の平成七年度の夏季一時金及び年末一時金として一四八万円(ママ)一九〇〇円(夏季一時金として基本給の二か月分八四万六八〇〇円、年末一時金として基本給の一・五か月分六三万五一〇〇円)が本来支払われることになっていたこと(請求原因4)が認められる。

この点、被告は、平成七年一一月以降、被告の従業員全員につき五パーセントの給与カットが実施されているとし、実際の賞与額は、原告主張に比してより低額である旨主張するが、そもそも、右給与カットがされたこと自体これを認めるに足りる証拠がなく、また、右給与カットが正当な法律上の根拠に基づいてされたものであることを認めるに足りる証拠もない。

したがって、被告の右主張は採用することができない。

(二)  本件解雇は、前記のとおり、平成七年七月二一日の経過により有効となるところ、原告の基本給が四二万三四〇〇円であると認められるから(<証拠略>)、請求原因4の賞与請求につき、同年夏季賞与については、八四万六八〇〇円全額(基本給の二か月分)が認められるべきであるが、同年の年末賞与については、その査定対象期間が同年三月二一日から九月二〇日までとされている(<証拠略>)ことから、これを日割計算することにより

六三万五一〇〇円×(三一+三〇+三一+三〇+一)/(三一+三〇+三一+三〇+三一+三一)=四二万四五五〇円

となる。したがって、原告が請求しうる賞与額は、右合計額である一二七万一三五〇円となる。

(三)  以上によれば、原告は、被告に対し、平成七年の夏季賞与及び年末賞与として一二七万一三五〇円を請求する権利を有する。

五  次に、名誉毀損の成否(請求原因5)につき判断する。

1  同5(一)(1)の事実は、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

2  同5(一)(2)のうち、被告が公共職業安定所への離職届に「金品横領などによる懲戒解雇」と記載したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、右離職届の記載自体(やや不明確な表現ではあるが)、原告自身が直接横領行為に関与したものとは即断できない表現であること、また、離職届自体は、専ら離職者の保険給付資格判定のための資料という性格を有するものであって、直ちに不特定多数人に対し公開されることが予定されている文書ではないことなどにかんがみると、右事実のみではいまだ原告を(ママ)名誉が毀損されたものとはいえず、したがって、この点についての原告の主張もまた失当である。

3  同5(一)(3)のうち、被告が原告に対する処分として被告就業規則六三条三号及び七号により懲戒解雇をした旨社報に記載したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、右記載は、要するに、被告が原告を被告就業規則六三条三号及び七号に基づき懲戒解雇した旨を公にしたものにすぎないのであって、右記載から直ちに原告が横領犯人である旨が示されたとは即断できないばかりか、右社報には同条七号の適用をも明示されていることを勘案すれば、前記二及び三で認定した事実による限り、むしろ、右は原告に対する正当な処分を公示したにすぎないといえるので、この点について名誉毀損は成立しないというべきである。

4  したがって、原告の名誉毀損に関する請求原因5は、すべて理由がない(なお、仮に、被告につき何らかの名誉毀損行為が認められたとしても、それは、被告が原告の行動等から原告につき横領行為への関与又はこれに準ずる重大な規律違反があるものと判断した結果であるところ、前記二及び三の認定事実に照らせば、右判断はやむを得なかったといえるので、結局、被告が名誉毀損行為に及んだことにつき相当な理由があるものというべく、いずれにしても、被告が名誉毀損の責任を負うべき根拠がない。)。

六  以上によれば、原告の請求は、平成七年五月分、六月分の賃金(各五〇万八〇三三円)、同年七月分の賃金の一部(同年六月二六日から七月二一日までの分を日割計算し、四四万〇二九五円)、同年夏季一時金(八四万六八〇〇円)及び同年年末一時金(四二万四五五〇円)の各支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

七  よって、原告の請求は、右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので、いずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条、六四条本文を適用し、なお、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)

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